2025.12.01

地域事業者のゼブラ化伴走支援:連載3/5【前編】隣で一緒に悩み、走るということ

地域事業者のゼブラ化伴走支援:連載3/5【前編】隣で一緒に悩み、走るということ

地域に根ざし、社会的な課題解決とビジネスの両立を目指す事業者たち。その挑戦の道のりは、決して平坦ではありません。株式会社トラストバンクが展開する地域事業者支援事業を担う、シマバカ室。※1
その部署に事業者たちの最も近くで、共に汗を流す存在がいます。それが、PO(プログラム・オフィサー※2)の高橋有希子さんです。

一昨年、昨年と連載された「PO日記」では、その活動の一端が綴られましたが、今回はそのさらに奥深く、高橋さんが向き合う「伴走」という仕事のリアル、その哲学に迫ります。前編では、彼女が定義する「伴走」の本質と、事業者との間に生まれる唯一無二の関係性について、じっくりと話を伺いました。


※1:地域事業者がソーシャルビジネスに取り組み、地域の課題解決を図り、社会的&経済的インパクトをもたらす組織へ変容することを弊社で “シマバカ/縞馬化” と名付け、地域事業者のシマバカに向けた専門的サポートを展開しています。

※2:PO(プログラムオフィサー)とは、助成を行う機関に配属され、助成プログラムの立案や助成案件のリストアップ、審査プロセスのマネジメント、助成プログラムの評価等を行う専門職のこと。以下リンク先、参考の過去連載。
<有希子のPO日記①>休眠預金活用事業における「プログラムオフィサー」とは?その役割についても紹介 https://www.trustbank.co.jp/tbbase/social/tbbase067/

高橋有希子 (たかはしゆきこ)

秋田県秋田市 出身
秋田の酒造メーカーにて、商品企画と輸出業務に従事。
2020年 トラストバンク入社。ふるさとチョイスのMDを担当。
2023年 地域の事業者への助成・伴走支援を通じて地域課題解決を目指す新設部署「休眠預金活用/ソーシャルイノベーションデザイン室」へ異動。
現在、プログラム・オフィサーとして活動中。

一番近い場所にいる「外部の人」という価値

「伴走とは何か?」という問いに、高橋さんは自身の言葉で丁寧に定義を語ってくれました。
「あくまで私個人の定義ですが、一番近い場所にいる『外部の人』として、事業者さんと協議しながら、一緒に解決策を模索し、実行までをサポートすることだと考えています。」
似て非なる言葉に「コンサルティング」があります。一般的なコンサルティングが、特定の課題に対して分析・診断を行い、解決策を「提示する」ことが多いのに対し、高橋さんの言う「伴走」は、そのプロセスが大きく異なります。
「私たちが一方的に分析して『これが答えです』と提示することはしません。事業者さんと一緒に悩み、相談を重ねながら解決策を共に模索し、そして決まったことを一緒に実行していく。その『一緒に』という部分が、伴走の核なのだと思っています。」
答えを渡すのではなく、事業者自身が答えに辿り着くためのプロセスを共に歩む。それは、まるでコーチのようであり、チームメイトのようでもあります。事業者の中に入り込み、組織の課題や人間関係までを把握しながらも、決して当事者そのものにはならない。社員ではない「外部の人」という絶妙な距離感が、そこでは重要な意味を持ちます。
「内部にいると言いづらいこともありますよね。しがらみがあったり、複雑な人間関係があったり。でも、私は外部の人間だからこそ、ある意味で無邪気に『これって、こうじゃないですか?』と問いを投げかけることができます。もちろん、事業の状況を自分なりに理解した上での発言ですが、この客観的な視点こそが、事業者さんにとって新しい気づきや議論のきっかけになることがあります。」
経営者が抱える孤独や、担当者が言えない本音。その受け皿となることで、問題の根本的な解決に繋がることも少なくないと言います。内情を深く理解し、信頼されているからこそ吐露される悩みを受け止め、共に考える。高橋さんは、事業者にとって「仲間であり、味方」というスタンスを貫きながら、その独特なポジションの価値を日々体現しているのです。

信頼の扉を開く、地道なコミュニケーション

「厳しいことも言ってもらえる関係性」は、一朝一夕に築けるものではありません。特に、事業の根幹に関わる支援であればなおさらです。高橋さんは、事業者と初めて会う際に、何を心がけているのでしょうか。
「お互いに、初対面から心を開いて話すことは、おそらく無理だと思っています。だからこそ、まずは『話しやすさ』を最大限に醸し出すことを心がけていますね。」
その柔らかな物腰の裏には、関係性を着実に育むための、意識的なコミュニケーションの積み重ねがあります。
「一緒に事業の設計図を作ったり、日々の定例ミーティングやチャットツール、電話でのやり取りを通じて、『この人はただ言うだけじゃなく、本当に一緒に手を動かし、考えてくれるんだ』と感じてもらうことが大切だと思っています。時には領収書や書類の整理を一緒に行うような、ある意味 泥臭い地道な作業もいとわない、そうした小さな信頼の積み重ねが、やがて本音で語り合える関係性に繋がっていくのだと信じています。」

※2025年9月:一般社団法人ローランズプラスが運営するローランズファームが豪雨被害で水没被害を受けた後の復旧作業時の様子



感情移入と客観性の間で

事業者に深く寄り添えば寄り添うほど、感情移入も激しくなるのは想像に難くありません。支援者としての客観性を保つことと、当事者のように感情移入すること。そのバランスに悩むことはないのでしょうか。
「感情移入は、ものすごくします。でも、それでバランスに悩むことはあまりありません。むしろ、私が精一杯その事業や受益者さんのことを考え抜かなければ、事業者さんと同じ土俵に立つことができない、と思っています。」
高橋さんは、ある種の越えられない一線を自覚していると言います。
「どんなに私が考えても、『実際に事業を作り、現場で実行している方』と全く同じ視野・目線に立つことはできません。それは、他の方が育てている大切なお子さんを、まるで自分が育てている子どものように考えることが難しいのと似ているかもしれません。だからこそ、私はサポートする立場として、事業者の方々以上に考え、学び、想像力を働かせなければならない。そうでなければ、隣で一緒に走ることができないと日々感じています。」
その真摯な姿勢は、時に事業者との間に熱い化学反応を生み出します。過去には、意見がぶつかり、言い合いになった経験もあるそうです。しかし、そうした衝突を恐れないからこそ、表面的な関係では辿り着けない、事業の核心に触れることができるのでしょう。

失敗の数だけ、対話は深くなる

「日々失敗しているので、挙げ始めるとキリがないですが。。。」と高橋さんは笑います。しかし、その無数の失敗に共通しているのは「コミュニケーション」だったと、真剣な眼差しで振り返ります。
「コミュニケーションは、伝え方一つ、タイミング一つで、相手への伝わり方や反応が全く変わってくることを痛感しました。すぐに反応したい気持ちをぐっとこらえ、一度呼吸を置いて、言葉を整理してから伝える。そんな当たり前のことを、この2年間で意識するようになりました。」
それは、単なるテクニックではありません。相手の背景を想像し、言葉の裏にある想いを汲み取り、寄り添うという姿勢そのものです。失敗から学んだ対話の深度が、今の高橋さんの伴走をより強く、しなやかなものにしているのです。
そんな彼女にとって、PO(プログラム・オフィサー)としての喜びを感じる瞬間は、事業者からの何気ない一言にありました。
「『事業期間が終わった後も、ずっと高橋さんにサポートしてほしい』と言っていただけた時は、本当に嬉しかったです。自分がやってきたことが、少しでも誰かの力になれていると感じられる。それが、この仕事の最大のやりがいです。」
コンサルタントでもなく、社員でもない。「伴走者」という、まだ定義すら曖昧な職業。しかし、その唯一無二の立ち位置から、高橋さんは今日も事業者と共に悩み、考え、未来への一歩を踏み出しています。

後編では、具体的な事業者とのエピソードを通じて、現場で生まれた感動的な化学反応の数々に、さらに深く迫っていきます。

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<プログラムオフィサー連載記事>
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有希子のPO日記②
有希子のPO日記③
有希子のPO日記④
有希子のPO日記⑤
有希子のPO日記⑥

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