予定調和なき、魂の報告会
会議室の空気は、一般的な「成果発表会」のそれとは明らかに異なっていました。 スクリーンに映し出されるのは、冷徹なグラフや数値だけではありません。そこには、泥にまみれ、汗をかき、時に涙を流しながら地域という土壌を耕し続けてきた人々の、生々しい息づかいが満ちていました。
トラストバンクが資金分配団体として、休眠預金を活用した事業支援を行ってきた3年間。その集大成とも言える「トラストバンク 休眠預金活用事業 実行団体 事業成果発表会」が開催されました。 この場に集ったのは、トラストバンクのシマバカ室※1 のメンバーと、全国各地から集まった実行団体、そして関係者の皆様です。
目的は、単に「計画通りにいき、成果をあげました」と報告することではありません。各団体が3年間の歩みを振り返り、そこで得た知見や課題、そして何よりも「自分たちの事業が地域にどのような変化(インパクト)をもたらしたのか」を共有し、未来への糧とすることです。 予定調和な成功譚ではなく、苦悩も失敗もさらけ出す。それはまさに、シマバカ室が掲げる「人間臭くて、泥臭い」伴走支援を象徴するような時間でした。
※1:地域事業者がソーシャルビジネスに取り組み、地域の課題解決を図り、社会的&経済的インパクトをもたらす組織へ変容することを弊社で “シマバカ/縞馬化” と名付け、地域事業者のシマバカに向けた専門的サポートを展開しています。
伝統を「守る」のではなく、若者が「輝く」舞台を作る
トップバッターを切ったのは、岐阜県で伝統工芸の和傘と、芸舞妓(げいまいこ)文化の継承に取り組むNPO法人ORGANの蒲さんです。かつて年間1200 万本生産していた岐⾩和傘が数千本にまで減少し、 生産地としての存続が危ぶまれる中、彼らが取り組んだのは「学校を作る」という壮大なプロジェクトでした。
「和傘塾」と「岐阜伎芸学院」。職人と芸舞妓、それぞれの担い手を育てる二つの学校を設立するという挑戦です。 蒲さんの言葉で特に印象的だったのは、伝統文化の継承を単なる「保護」として捉えていない点でした。「若い子たちが必死に伝統文化を学んでいる姿は、めちゃくちゃいい商品になる。」 一見、誤解を招きそうなこの言葉の裏には、若者たちがプロフェッショナルとして稼ぎ、胸を張って生きていける「職業としての伝統」を再構築するという、強烈なリアリズムと愛情がありました。
実際に現場で学ぶ研修生たちの声が紹介されました。「岐阜の文化を背負う責任を実感した」「一生懸命学び続ける覚悟ができた」
かつては「水商売だから」と距離を置かれることもあった芸舞妓の世界ですが、今では地域の子どもたちの発表会に彼女たちが登場し、憧れの眼差しを向けられています。
「学校」という公的な器を作ることで、社会的な信頼を獲得し、地域コミュニティと伝統文化の間にあった見えない壁を溶かしていく。それは、ORGANとシマバカ室が二人三脚で挑んだ、社会構造の変革そのものでした。
「優しさ」を実装するための、果てしない葛藤
続いて登壇したのは、大阪で「裏表のない肌着」を展開するHONESTIES株式会社の西出さんです。 認知症の方の介護現場から生まれた、「裏返しでも前後逆でも着られる肌着」その画期的なプロダクトは、誰かの失敗を許容し、誰もが少しだけ楽になれる社会を目指すものでした。
しかし、西出さんの発表は、輝かしい成功の裏にあった「アイデンティティの揺らぎ」の告白から始まりました。
「スタートアップとして急成長を目指すべきか、ソーシャルビジネスとして課題解決に寄り添うべきか。」 投資家たちが求めるスケーラビリティと、目の前の一人を救いたいという想いの間で、西出さんは葛藤し続けていました。
「中途半端なんですね、考え方が」と自嘲気味に語る西出さんですが、その迷いこそが、実はこの事業の最も尊いエンジンだったのかもしれません。
伴走支援を担当したシマバカ室との対話の中で、彼は一つの確信に辿り着きます。
「優しさを人に届けるために、自分が多少犠牲になってもいい。」 一見、ビジネスの論理とは真逆にあるような「優しさ」という指標。しかし、それを堂々と経営の中心に据えた時、HONESTIESは「ゼブラ企業」としての強さを手に入れました。
今では、多くのメディアで取り上げられ、障がい者支援施設での実証実験や、大手企業を巻き込んだ「裏表なし協会」の構想など、一企業の枠を超えたムーブメントを起こそうとしています。
迷い、悩み、それでも「優しさ」を選び取った3年間。そのプロセス自体が、最大の成果だったと言えるでしょう。
震災という「有事」が問いかけた、つながりの真価
前半最後に登壇したのは、石川県七尾市で「能登スタイルストア」を運営する株式会社御祓川の森山さんです。 この3年間の事業期間中に、能登半島地震という未曾有の災害が発生しました。
「正直、もう事業どころではない、できるかなと弱気になった時もありました。」 避難所の冷たい床の上で、オンライン会議を繋ぎながら事業の立て直しを図った日々。その極限状態の中で、森山さんたちが再確認したのは、「地域の中と外をつなぐ」という自らの役割の重みでした。
地震によって、里山里海という地域の資産は甚大な被害を受けました。しかし、だからこそ「能登のものを買って応援したい」という、地域の外からの熱い想いが可視化されたのです。 御祓川の皆さんは、被災して商品を作れなくなった生産者に代わり、顧客への説明や調整に奔走しました。それは単なるECサイトの運営を超えた、地域という共同体を守るための「ケア」の活動でした。
「のとなりさん」というコミュニティブランドを通じて、一度きりの支援で終わらせず、長く地域を支えてくれる関係人口を育てること。 震災の中で、御祓川は「中間支援組織」として、シマバカ室の支援と共に、地域の生産者に寄り添い続けました。
「お金の支援だけでなく、つながりを確かめ合う時間だった。」という森山さんの言葉は、会場にいる全員の胸に深く刻まれました。
数字では測れない「熱」をどう伝えるか
前半の3団体の発表を聞いただけでも、この事業がいかに多様で、そして一筋縄ではいかない挑戦の連続であったかが分かります。 「それぞれの事業者が、それぞれの色でシマバカ(ゼブラ化)していく」ということが、現実の景色として広がっていました。
しかし、この発表会のゴールは、単に感動を共有して終わることではありません。
2026年2月で今回の休眠預金活用事業は終了となります。
この休眠預金活用事業が終了したあと、彼らが自走し、地域の中で根を張り続けるためには、この熱量を「社会的な価値」として言語化し、発信していく力が必要です。
後編では、障がい者福祉と農業の融合に挑んだ「一般社団法人ビーンズ」、若者の就労支援を行う「ボーダレスキャリア株式会社」、そして花と福祉の連携を進める「一般社団法人ローランズプラス」の物語をご紹介します。(後編へつづく)
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