ここ最近、学生さんから「ふるさと納税を卒業論文に書きたいのでお話聞かせてください」という連絡がよくきます。社会科の授業の課題テーマに選んだという中学生もいて驚きました。
ご存じのとおり、ふるさと納税は給与所得があり、住民税を納めていないと税控除が受けられません。「ふるさと納税を使ったことがないのに、なぜ学生さんたちが関心を持つのだろう?」と不思議に思っていました。
理由を聞くとさまざまですが、一番多いのが「地域活性化の糸口として興味がある」です。
そうした関心をもち、卒論を書いた一人のインターン生がいます。ふるさと納税が伝統工芸の継承にどんな役割を果たしているのか、実際に地域に足を運んで取材をしました。
初めまして。広報渉外部インターン生の今山和々子です。(※2021年3月末で卒業)
突然ですが、伝統工芸って魅力的ではありませんか?材料、技術、そして職人。3つがそろって初めて出来上がる。歴史と特有の魅力があります。なんだかときめいてしまうのです。
同じくときめきを感じるのが、ガバメントクラウドファンディング(GCF)。トラストバンクが国内で初めて構築したクラウドファンディング型のふるさと納税です。
大学の卒業作品で『奮闘する伝統工芸~新しい寄付のかたち「ガバメントクラウドファンディング」の視点から~』と題したルポルタージュを書きました。その際、トラストバンクに取材したことがきっかけで、インターンとして働くことになりました。
そんなトラストバンクと私をつなぐきっかけとなったルポのダイジェスト版をお届けします。
ずっと昔、小学生の頃。牛乳パックを小さくちぎって、水とのりに溶かし、それを漉いたことがある。ハガキサイズの紙が完成して、ざらざらとした触り心地に「ああ、この紙は世界で一枚だけなんだ」と思った。
どうしてそんなことをしたかというと、私の住む八王子はかつて和紙で栄えた町だったからだ。伝統工芸の勉強に加え、リサイクル教育の一環として小学校で行われた。
教科書か、資料集か、何だったかは忘れてしまったけれど、本物の紙漉きの様子を映した写真を見て妙にワクワクした。そこで父に頼み、実際に紙漉き体験のできる場所を探してもらったのだが、八王子市内で出来る所は見つからなかった。
10年以上も前の記憶なので曖昧だが、確か昔やっていたところも、そのときすでに辞めてしまっていたのである。「伝統工芸って、簡単になくなってしまうものなんだな」。ほんのり悲しい思いをした。
時はぐんと過ぎて、大学3年の夏。私は就職活動に勤しんでいた。とある企業の説明会でこんな言葉を聞く。
「私たちの会社は介護施設も建設しています。介護士がいなければ介護施設は運営できません。ですから、介護士を養成する専門学校に奨学金を出しているんです」。
不思議な話だが、私は企業説明会でこの言葉が最も印象に残っている。事業内容よりもだ。お金持ちの企業がどこかに寄付をする、なんてありがちな話だが、こんな風に先を見据えて寄付をしているのが衝撃的だった。
「寄付をするにも、色々なかたちがあるんだな」。
思えばこのときから、卒業制作では寄付について扱いたいという思いが生まれたのだと思う。
その冬、寄付について卒業制作を書くぞ!と意気込んだ私は、さっそく行き詰まった。そもそも寄付というテーマは大きく、これまでにも良く研究されていて、新たに私がルポを書く意義が見当たらなかったのだ。
ぼんやりしながら、大好きな日経テレコンを眺めていたところ、とある言葉が目に留まった。
「ガバメントクラウドファンディング(GCF)」。
初めて聞く言葉に、いったいこれは何だろうと調べてみた。どうやら、ふるさと納税制度を用いたクラウドファンディングだというのだ。
どんな事例があるのかを見ていったところ、『伝統・文化・歴史』に強く心を惹かれた。そこには必ず、自治体、事業者、寄付者の三主体が存在するというのが面白い。
これまであまり研究されていない「GCF」と、魅力がいっぱいの“伝統工芸”。急に思考がクリアになった。私がこれを書くんだ!と。
大きな枠組みでみる伝統工芸は、以前よりも明らかに衰退しています。伝統的工芸品産業振興協会の調査によると、1979年から2016年の37年間で、全国の従事者数は4分の1以下に。同様に生産額も減少しており、こちらは5分の1以下です。
技術革新による生活様式の変化や、農村の衰退による材料不足、都市部への人口集中などが要因とされています。
それでも、次世代へと継承するために奮闘する人々がいます。支援を募って技術を遺したり、地域外の人へのPRをしたりするのです。その一つの手段として、GCFがあります。
山梨県市川三郷町は千年以上の歴史を持つ和紙の技術で発展してきた花火の町。県内最大規模の「神明の花火大会」を実施しています。花火のルーツは甲州武田氏ののろしと言われているそうです。
市川三郷町は2019年、神明の花火大会のフィナーレの資金を集めるためにGCFを実施しました。
GCFに参入した理由は「一つは神明の花火大会の打ち上げの資金調達をしたいと考えたこと。もう一つは、GCFとしてサイトに記事を載せることで、PR効果も期待できるからです」(市川三郷町商工観光課・秋山治久観光係長)。
町が協賛する花火のグランドフィナーレは大会の最大の見どころ。秋山さん曰く「かなり高額」で、二尺玉という大きな花火は一つ60万円もするのです。
GCFで資金調達をすることで、より豪華なフィナーレにできたり町の財政負担が軽くなったりと、良いこと尽くめです。
神明の花火大会の打ち上げを担当するのは、株式会社マルゴーと株式会社齊木煙火本店です。
マルゴーの代表取締役・齊木智さんはGCFの話が来たことについて「ありがたいし、率直に嬉しかった」と話しました。
クラウドファンディングを知ってはいても、自分たちで一から立ち上げる方法はわからない。町役場の人と一緒に企画することで挑戦することができました。
「普通のクラウドファンディングだと、花火を上げるだけの収入源という感じがするけれど、GCFはふるさと納税だから、地域のものというイメージがあるでしょう。神明の花火をアピールするチャンスかなと」。
ふるさと納税だからこそ“それだけ”では終わりません。GCFの寄付のお礼の品には、シャインマスカットや四尾連湖の宿泊券を設定しました。
「花火は注目されやすいし、人も集まりやすい。花火をきっかけに他の産業や特産物もPRできればいいな」。齊木社長は市川三郷町への愛でいっぱいでした。
もう一つの事業者、齊木煙火本店の齊木克司社長にもお話を聞けました。
「(花火大会には)町民をはじめ色々な人が足を運んでくれました。花火を見た人たちからは、感想とともに必ず『来年もやっぱり神明の花火を開催して欲しい』という言葉がありました。非常に嬉しかったですし、クラウドファンディングで神明の花火をやった目的を達成できたのではないかな」。
GCFでの目標は、“世界に誇れる花火大会にすること”です。火薬取締規制で中断していた時期がありますが、復活後は10万人だった観客も、2019年には26万人と倍以上になりました。毎年続けていくことで知名度は上がっていきます。
「やっぱり地元でやるというのは大事ですね。地元のみんなが誇りに思って自慢してくれて、それでやっと広がっていくと思っているので」。
フィナーレでは特別大きな二尺玉が上がります。他の大会で上げる際には80万円程度。しかし、神明の花火大会では一律で60万円とかなりのサービスプライスです。大会を盛り上げるため、花火業者と自治体が協力しあっています。
2か所目は徳島県徳島市です。徳島は藍産業が盛ん。そんな藍に関するGCFが、2019年に実施されました。
藍産業の復興と銘打ち、藍のクレヨンを作ろうというプロジェクトです。
地元で藍を生産する若手農家の団体「多家良(たから)インディゴーズ」が、商品開発から試作品の生産・提供、アンケート、商品改良…と商品として売り出すための前工程の資金をGCFで募りました。
徳島市民からの寄付が全体の58%。ふるさと納税は、居住地に寄付するとお礼の品を受け取れないので、これらはリターンのない純粋な寄付です。
「市の広報誌だけでなく、新聞やケーブルテレビなどでも取り上げてもらう機会があり、事業について多くの人に知ってもらうことができました。GCFは、たとえ目標額を達成できなかったとしても、得られるものは大きいと思います」(徳島市市民協働課・板東真澄さん)。
市川三郷町と同じく、プロジェクトの広報効果が期待できることが分かりました。
現地で取材したのは、徳島市で農業を営み、多家良インディゴーズに所属する川添将史さん。多家良インディゴーズは、市内の新規就農者で結成された団体です。
「いきなり商品を作って在庫抱えるのもリスクですし、どれだけ需要があるのかも分からない。クラウドファンディングならできるのではないかと思いました」。
藍の販路はあまり多くなく、GCFで新たな可能性を模索しました。
「藍をクレヨンにする」アイデアは、徳島県で藍を研究している人からのアドバイスでした。
「その方が一番僕たちに感性が近く、今のまま藍の伝統を守り続けていたら、どんどん衰退していく危機感を持っています。もっと色んなことにチャレンジして商品を作っていかないと、徳島県から藍が消えると思っているんです」。
実際、藍は受注生産で出荷しており、毎年必ず育てるわけではありません。
「徳島では、藍といったら藍染めなんです。どうしても伝統工芸としての勢力が強いゆえに、新しいものがなかなか生まれません。伝統産業ゆえの難しさです」
県内でも藍染めの服を着ている人はあまり見かけません。現状を受け止め、クレヨンのような新たな商品を開発することが大事だと川添さんは話します。
伝統に甘んじていては、このままなくなってしまう。新たな販路の開拓は、この先何十年と藍を残していくために最重要の任務です。
職人の高齢化に伴う後継者不足を解決しようと実施されたのが、新潟県のGCFです。
越後与板打刃物(えちごよいたうちはもの)とは、新潟県長岡市の与板地区で500年続く伝統工芸。大工向けの鉋(かんな)や鑿(のみ)を製作しています。神社やお寺の補修に携わる宮大工たちに愛用され、出雲大社などの国宝や伊勢神宮に使われています。
新潟県のGCFは、与板地区の水野鉋製作所に弟子を迎えようというプロジェクトです。
GCFページに載っていた事業者「越後与板打刃物伝承会」に取材を申し込むと、「ソラヒト日和」の金子将大さんからお返事がきました。
ソラヒト日和は金子さんと堀口孝治さんの二人でつくる、地域の魅力向上と課題解決が目的の市民団体です。活動の一環として、今回のGCFも県に起案しました。
「そもそもGCFありきのプロジェクトではないんです」(金子さん)
経産省の補助金で、「後継者育成のために職人が本来の仕事を出来ない時間」の手当てがもらえるのですが、必要額のおよそ3分の2しか支給されません。
残りの3分の1をどうにか集められないかと、金子さんがたまたま見つけたのがGCFでした。
従来の後継者の育成は、師匠の技を目で見て学びます。しかし、育成にかかる年月は15年以上。職人はもう70歳を超えています。さらに、付きっ切りでは本来の仕事ができず、収入が減ってしまいます。そこで補助金とGCFを活用して、5年で一人前にしてしまおうというのがこのプロジェクトです。
「正直、こういう地味な仕事に応募してくれる人はいるのかなと思ってましたね。一から全て自分で作る。そこに魅力を感じた人がなんと多かったことか」(堀口さん)。
GCFで寄付金を集めて体験会の参加者を募ると、すぐに10人以上の応募がありました。その中から、一人のお弟子さんが入りました。
ギコギコといった機械の音。刃物特有のにおい。カンカンカンと鉄を叩く音。作業するのは、越後与板打刃物の伝統工芸士に認定されている水野清介さんと、弟子に入った似鳥透さんです。
弟子候補に10人も応募があった感想を水野さんにきくと「ぶっちゃけてもいいのかな。やめようと思ったよ」と笑いました。
「たった一人取るだけ。他の人はせっかく受けてもらっても、何にもならないでしょう。最初は2、3人くればいいと思っていたから、そんなに鍛冶屋に興味がある人間がいるのかと驚きだったね」。
ソラヒト日和の堀口さんも同じようなことを話していました。当人たちが思っているよりも、その魅力を分かっている、興味がある人は多いのかもしれません。
似鳥さんを採用した理由を尋ねたところ、意外な答えが返ってきました。
「雪にびっくりしないというところですね」。冬は毎日1メートルほど降るため、雪と格闘してから仕事をすることになるそう。
「あと、会社辞めて青年海外協力隊をしていたと聞いて、根性もあるんじゃないかとね」。
似鳥さんは地元・北海道の高専、工業大、大学院を出て、大手精密機器メーカーに就職。しかし「果たしてこれは自分が本当にやりたかったモノづくりなのか?」と見つめ直し、青年海外協力隊に参加してタンザニアに派遣されました。
似鳥さんはお弟子さんになってから『弟子の記録』というブログも運営しています。プログラミングは独学です。
「(弟子をとること自体)全部が初めてなので、何をどうやっていいのかわからない。似鳥さんも勉強だろうけど、俺の方も勉強なんだよ」。
お弟子さんの前で私にそう話す素直さもあってか、子弟コンビは順調そうに見えました。
「日本に鍛冶屋は3か所くらいしかない。なかでも、鉋(かんな)で一番安くて切れるのが与板打刃物です」(水野さん)。
「海外にはなく、日本にも数か所しかないんですよ」(似鳥さん)。
越後与板打刃物の良い点を聞くと、2人ともその希少性について触れました。GCFはその伝統を残す、一つの手助けとなっています。
「自治体さんがノウハウを身に付けることが大切なんです」(トラストバンク広報渉外部)。
単に寄付金を集めるだけでなく、共感を呼ぶ力、プロモーションの方法、寄付者とのコミュニケーションの取り方を自治体が得ることができれば、自立した持続可能な地域に近づきます。
さらに、GCFのページには寄付者からの応援メッセージが数多く載っています。
「自分の住む県にこんな伝統があるなんて知らなかった」、「自分の街が大好きなので応援しています」とのメッセージもみられ、GCFは地元の地域の課題や魅力を再発見し、応援するきっかけにもなっています。
私がこのルポを書くことになったきっかけをもう一度お伝えします。
一つは、“先を考えて寄付をすることが大切だと感じたこと”、もう一つは“伝統工芸の儚さ”です。実際に取材を終えた今、この二つのテーマに沿って書けたのではないかと感じています。
ここまで読んでくださった方には、GCFという寄付のジャンルがあること、幼い頃、紙漉きを知った私のようにどきどきする職人の世界があることを知ってもらえたら本望です。