ふるさと納税のトップランナーであるトラストバンクのふるさとチョイスが、なぜ今「ふるさと納税を超える」挑戦を始めたのか。前編では、その背景にある課題意識と、変革の原点にある思想に迫った。それは、自らが築いた成功への「依存」から脱却し、地域の真の課題解決に向き合うための、必然の選択だった。
後編では、その思想を具現化する「地域共創マッチングプロジェクト」の実践知に深く分け入る。単なる「マッチング」ではない、と森田さんが語るその本質とは何か。多様なプレイヤーが交わる中で、いかにして新たな価値は生まれるのか。現場から見えてきた、「共創」を成功に導くための哲学を紐解いていく。
※前編はこちら
■ 単なる「仲介者」ではない。「価値共創」という名の鼎談
「地域共創マッチングプロジェクト」という名前を聞いて、多くの人は自治体と企業を「引き合わせる」マッチングサービスを想像するかもしれない。しかし、森田さんはその見方を明確に否定する。
「私たちは、単なるマッチングメーカー、つまり仲介者になりたいわけではありません。私たちが目指すのは、『価値共創』。それぞれが持つものと、持たざるものを掛け合わせ、一つの団体では決して生み出せないような、新しい価値を共に創り上げることです」
その言葉を体現するのが、埼玉県毛呂山町と、農業系スタートアップ「ハタケホットケ」との連携事例だ。
「毛呂山町には、質の高い農作物を作る、志の高い農家さんたちがいます。しかし、農地の面積は限られており、量で収益を上げることは難しい。つまり『質』をさらに高めるしか道はない。一方で、彼らはそのための新しい技術や武器を持っていませんでした」
そこに現れたのが、株式会社ハタケホットケだ。彼らは、作物が吸収する水の量を最適化するプロダクトを持ち、それを使えば農薬を減らした「特別栽培米」を作ることができる。市場価値の高い米を生み出す「武器」だ。
「しかし、自治体も『ハタケホットケ』も、その米の価値や、背景にあるストーリーを広く伝える術を持っていなかった。そこで、私たちの出番です。ふるさとチョイスやめいぶつチョイスというプラットフォームを通じて、その物語を多くの人に届け、価値を最大化する。農地も、農家も、技術も持たない我々だからこそ、果たせる役割がある」
地域、スタートアップ、そして、ふるさとチョイス。三者それぞれが、パズルのピースを持ち寄る。誰か一人が偉いわけでも、主導権を握るのでもない。対等な立場で、一つのゴールに向かって対話する。森田さんの語る「価値共創」とは、まさにこの三位一体そのものなのだ。作り手は安心して「いいものづくり」に集中できる。その先には、価値を理解し、応援してくれる人々へと続く道が、確かに拓かれているのだから。
■ 成功の鍵は「共通ゴール」という北極星
しかし、異なる背景を持つプレイヤーが協業する道のりは、平坦ではない。それぞれの利害、文化、時間の流れも違う。この複雑な航海を乗り切るために、森田さんが何よりも大切にしていることがあるという。
「それは、『共通ゴール』という北極星を、最初に皆で設定することです。我々の利益を一方的に押し付けても、彼らの言い分だけを聞いても、ビジネスとしてはいずれ破綻する。そうではなく、『全員がWin-Winになる状態とは何か』を徹底的に議論し、全員が心の底から納得できる一つのゴールを定める。そこが全てのスタート地点です。」
この北極星があるからこそ、プロジェクトは推進力を失わない。
「例えば、一つ試した施策がうまくいかなくても、『ゴールに至る過程での、一つのトライだ』と前向きに捉えられる。短期的な収益が出なくても、『じゃあ次はどうしようか』と建設的な対話が続く。実際に今のプロジェクトも、明確な売上が立つ前段階にありますが、1年近く熱量を保ったまま継続できているのは、この共通ゴールがあるからに他なりません。」
そして、そのゴールを見失わないために不可欠なのが、**「密なコミュニケーション」**だ。週次の定例ミーティングを欠かさず行い、進捗だけでなく、互いの想いや課題を共有し続ける。当たり前のようでいて、実行し続けるのは難しい。だが、この地道な対話の積み重ねこそが、信頼関係を醸成し、プロジェクトを成功へと導く唯一の道だと森田さんは信じている。
■ 常に「誰のためか」を問い続ける、その先に
変革の道を歩む中で、森田さんは常に自分自身に、そしてチームに問い続けていることがある。
「**結局、私たちは誰のために、何をやっているんだっけ?**と。社内にいると、どうしても自分たちの都合や会社の収益が優先されがちです。もちろんそれは大前提として必要ですが、その視点だけでは、独りよがりな、誰の心にも響かないものが生まれてしまう。」
地域の課題を解決したい。寄付者に新しい価値を届けたい。その純粋な想いに立ち返ること。そして、そのために自分たちが持つ最大の資産をどう活かすかを考えること。
「私たちの最大の資産は、1,700以上の自治体と繋がっているという、他に類を見ないネットワークです。これがあるから、私たちは本気で地域の視点に立つことができる。彼らの解像度を極限まで上げ、彼らの言葉で物事を考えられる。これは、他社には決して真似できない、我々ふるさとチョイスだけの価値です。」
誰を幸せにしたいのか。その問いの答えを、決して見失わない。
ふるさとチョイスという巨大なプラットフォームから、今、無数の新しい価値が生まれようとしている。それは、かつてこの制度が生まれた黎明期のように、多くの人々を惹きつける「この指とまれ」の旗印となるかもしれない。
ふるさとチョイスの挑戦は、単なる一企業の事業戦略ではない。それは、コモディティ化しつつある市場の中で、もう一度「地域を応援する」ことの根源的な意味を問い直し、持続可能な未来を手繰り寄せることである。
森田 裕士(もりた ひろし)
福井県鯖江市出身
岐阜大学教育学部にて歴史学を専攻
卒業後、新卒でNTTドコモに入社し、販売コンサルティングや料金プラン策定業務に従事(11年勤務)
その傍ら、個人として地域リブランディング活動を展開
2020年にトラストバンクに自治体コンサル部門のマネージャーとして着任後、店舗立ち上げやリアルコミュニケーション企画を担当
2024年よりチャネルビジネス部 部長として、パートナーとの価値共創全般を統括