「本当にこの事業は発展性があるのだろうか?」
それが、彼女が地域通貨サービス「chiica(チーカ)」と出会った当初、抱いた率直な疑問だった。キャッシュレス決済サービスが世に溢れる現代において、地域通貨という存在に、彼女はすぐにはその真価を見出せずにいた。しかし、出向という形でトラストバンクにジョインし、その最前線に身を投じてから約半年。今、彼女の言葉は、あの日の疑念が嘘だったかのような、確かな熱量と揺るぎない自信に満ち溢れている。
「毎日が、本当に刺激的です」
快活な笑顔でそう語る彼女。その瞳に宿る輝きは、いかにして生まれたのか。一人の挑戦者が、未知の領域で自らの使命を見出し、チームと共に未来を切り拓いていくまでの軌跡を追った。
前田 明咲(まえだ あき)
長崎県佐世保市出身。
中村学園大学卒業後、アパレル会社の店頭接客、人材・広告企業での不動産広告ポータルサイト営業、大学職員としての大学経営・企画など、多岐にわたる職務を経験。
2024年、これまでの多角的な知見を活かして自治体のDX推進に貢献したいと、株式会社ガバメイツに入社。自治体向けのDX・BPRコンサルティング営業に従事した後、2025年3月より株式会社トラストバンクへ出向。
現在は地域通貨chiicaの新規営業として、地方自治体の課題解決に取り組んでいる。
試練が、私をチームの一員にした
入社後わずか2ヶ月。彼女の運命を変える大きな転機となったのが、ある自治体のプロポーザル案件だった。それは、彼女にとって社会人経験の中でも「初めて」尽くしの挑戦であった。
「案件の成功を左右するプレゼン資料を、文字通りゼロから作り上げました。(株)ガバメイツ所属時代でも資料作成は得意な方でしたが、あくまでサポートや提案資料の作成が中心。プロポーザル案件用のプレゼン資料の構成からデザイン、そして伝えるべきメッセージの全てを担うのは、初めての経験でした。」
サービスの全容すら、まだ完全には把握できていない。そんな手探りの状況下で、「どうすればこのサービスの価値が伝わるのか」「どうすれば、私たちの想いが届くのか」と、彼女は昼夜を問わず自問自答を繰り返した。目的を見失いそうになるたび、何度も原点に立ち返り、資料を練り直す。その過程は、決して平坦な道のりではなかった。
しかし、この大きな試練こそが、彼女にブレイクスルーをもたらす。
「資料を作成するためには、サービスの深い理解が不可欠です。必死で情報を集め、分からないことは、他のチームのメンバーに積極的に尋ねて学びました。この案件を通じて、初めてチームメンバーと深く対話し、連携して一つの目標に向かう経験ができたんです。」
彼女が必死で作り上げた資料は、見事にプロポーザル案件受注という最高の結果に結びつく。だが、それ以上に大きな収穫は、このプロセスを通じて得た「チームで勝ち取った」という強烈な成功体験と、仲間からの信頼だった。
「この案件のおかげで、チームに馴染めたのは間違いありません。」そう語る彼女の表情は、達成感に満ちていた。この経験が、彼女をチームに不可欠な一員へと変貌させたのだ。
「だからこそ、私がやる」- 逆境から生まれた使命感
新規営業を主担当とする彼女は、市場のリアルに直面し、二つの「意外な事実」に驚かされることになる。一つは、「想像以上に、自治体が地域通貨に高い興味関心を持っていること」。そしてもう一つは、「大小様々な類似サービスがひしめき合う、群雄割拠の市場であること」だった。
「正直、こんなに競合がいるのかと驚きました。でも、ネガティブな驚きではありません。むしろ、だからこそ、火がついたんです。」
彼女の中で、何かが弾けた瞬間だった。
「だからこそ、私がこの『chiica』を、一日でも早く市場のスタンダードにしなければならない。このサービスで、地域通貨の『標準』を創り上げる必要があると思っています。」
それは、誰かに与えられたミッションではない。市場の熱気と厳しさを肌で感じ、競合の存在を認識したからこそ、彼女自身の内から燃え上がった、青い炎のような使命感だった。サービスも、営業手法も、まだまだ発展途上。決まったレールなど存在しない。だからこそ、自分たちの手で未来を創り上げていく面白さがある。彼女が「毎日が刺激的」と語る、その源泉はここにある。
「奥深いから、面白い」- 難しさの先に見た、chiicaの本質
「chiicaの面白さは、競合がたくさんいるから、という話ではないんです。この『仕組み』自体が、とてつもなく面白いんですよ。」
彼女がそう語る時、その探究心はひときわ強く輝く。当初、サービス内容が「シンプルに見えて、意外と奥深い」ことに、彼女は大きな壁を感じていたという。
「自分自身が全てを理解するのにも時間がかかりましたし、それを自治体さんに簡潔に伝えることには、本当に苦労しました。『で、結局何ができるの?』とお客様を混乱させてはいけない。その一心でしたね。」
どうすれば、この計り知れない価値を、分かりやすく、魅力的に伝えられるのか。彼女は、圧倒的な行動力を武器に、この難題に立ち向かった。新規見込みを創出するため、一つひとつの自治体に電話をかけ、商談を重ねた。架電によるアポイントの取得率は、10%を超えるほどであった。商談に臨むにあたり、彼女は頭の中の情報を体系的に整理し、積極的に自治体へアプローチする「インプットとアウトプット」を何度も繰り返した。このプロセスを通じて、彼女自身の理解は深まり、顧客への言葉も熱を帯びていった。
彼女が掴み取った「chiica」の本質。それは、単なる域内経済の循環やキャッシュレス決済の利便性といった側面だけではない。関係人口の構築、職員の業務効率化、そして行政施策における住民の行動変容の促進まで、自治体が抱える多様な課題を解決する「DXツール」としての側面だ。
「このメリットを、いち早く自治体さんに伝えなければ。」その一心で、彼女は今日も顧客と向き合う。
■ 次回予告:
前編では、彼女が「chiica」と出会い、その面白さと難しさに対峙しながら、いかにして自らの道を切り拓いてきたかを見てきた。後編では、彼女が見据える「chiica」の真の強みと、自らの成長、そして事業の壮大な未来像に、さらに深く迫っていく。