マイナスとマイナスの掛け算が生んだ、予期せぬ化学反応
トラストバンクが資金分配団体として、休眠預金を活用した事業支援を行ってきた3年間。その集大成とも言える「トラストバンク 休眠預金活用事業 実行団体 事業成果発表会」が2026年1月に開催されました。
この場に集ったのは、トラストバンクのシマバカ室※ のメンバーと、全国各地から集まった実行団体、そして関係者の皆様です。
合計6の実行団体が参加した本発表会ですが、前半に続いて、後半3団体の事例をご紹介いたします。
※:地域事業者がソーシャルビジネスに取り組み、地域の課題解決を図り、社会的&経済的インパクトをもたらす組織へ変容することを弊社で “シマバカ/縞馬化” と名付け、地域事業者のシマバカに向けた専門的サポートを展開しています。
養豚×福祉の異色タッグが起こした奇跡
後半戦の口火を切ったのは、東京で障がい者福祉事業を展開する「一般社団法人ビーンズ」の坂野さんです。
彼らが挑んだのは、一見すると接点のなさそうな「養豚業」と「福祉」の連携でした。 高齢化と後継者不足に悩む小規模養豚農家と、働く場所の選択肢が限られている障がい者。それぞれの課題を掛け合わせることで、プラスの価値を生み出そうという野心的なプロジェクトです。
しかし、現実は甘くありませんでした。 パートナーとなった養豚農家の宮治さんは、伝統的な家族経営を守り続けてきた職人肌の人物。「従業員を雇う」「組織にする」という概念そのものがなく、新しい挑戦に対して最初は懐疑的でした。
「20年間、何も変えられなかった」と語る宮治さんの背中を押し、共に「はじまりの餃子とつながりのビール」という飲食店を立ち上げるまでの道のりは、まさにドラマの連続です。
坂野さんの発表で会場がどっと沸いたのは、宮治さんが事業の変化に伴い「家族経営の呪縛」から解き放たれ、冗談交じりに自身の変化を語るエピソードが紹介された時でした。 福祉施設側が主導権を握りすぎず、あくまで農家が主体となるように黒子に徹する難しさ。
そして、上野駅に出店したコーヒーショップ「Social Good Roasters」での大成功。 障がいのあるスタッフが、海外からの観光客に英語で接客し、自信に満ちた表情で働く姿は、「福祉」という枠組みを超えた、純粋なビジネスとしての強さを証明していました。
効率化の波に抗い、「小さな成功」を積み重ねる
続いて登壇したのは、若者の就労支援を行う「ボーダレスキャリア株式会社」の高橋さんです。
彼らが向き合うのは、自己肯定感が低く、働くことへの一歩が踏み出せない若者たち。 ハローワークや一般的な転職エージェントの仕組みではこぼれ落ちてしまう彼らに、「スモールステップ」と「インターン(お試し就職)」という独自の階段を用意し、社会との接点を作り直す活動です。
高橋さんの発表からは、現代の人材業界が抱える構造的な歪みへの怒りと、それに対する静かな闘志が感じられました。
「人材紹介会社はこの10年で1万社も増えている。本当にこの数の人材紹介会社が必要なのか?求職者の人生を真剣に考えている会社がどれだけあるのか?」 そんな「効率」重視の市場の中で、ボーダレスキャリアはあえて「手間」をかけます。
就職活動中だけでなく入社後も若者に伴走し、企業側も巻き込みながら、一緒になって若者を育成していく。その結果、就職後の定着率という指標において、確かな成果を出してきました。
「お金は出してほしいけど、口は出してほしくない。」事業開始当初、高橋さんはシマバカ室に対してそう思っていたと正直に吐露しました。 しかし、共に苦難を乗り越える中で、その関係性は「評価する側・される側」から、「戦友」へと変わっていきました。
企業だけでなく、若者自身が「自分で動こう」と思えるようになるまでの伴走。それは、数値目標の達成以上に尊い、人間の再生の物語でした。
「KNOW+Uモデル」で、人も花も咲き誇る場所へ
最後の発表は、一般社団法人ローランズプラスの佐藤さんと、ローランズファーム現場責任者の関さんです。 「みんなみんなみんな咲け」をスローガンに、障がい者雇用と生花の生産・販売を組み合わせた「ローランズファーム」の取り組み。 横須賀の農地で、天候不順や水害という自然の猛威にさらされながらも、地域企業との連携を深め、障がい者が「生産者」として輝けるモデルを構築しました。
特筆すべきは、彼らが開発した「KNOW+Uモデル」という独自の人材育成メソッドです。 「知る・理解する」から始まり、「導く」「整理・分担する」「見守る・伴走する」「振り返る」という5つのステップ。 これは単なる業務マニュアルではなく、一人の人間と深く向き合い、信頼関係を築くための哲学そのものです。 「支援者が道を作るのではなく、当事者が主体的にキャリアを築けるようにする。」 関さんの力強い言葉は、シマバカ室が目指してきた伴走支援のあり方とも深く共鳴していました。
「伴走」とは、一番近くにいる他人として生きること
全ての発表を終えた後、会場を包んでいたのは、安堵感と、そして未来への静かな決意でした。 トラストバンク・シマバカ室のプログラム・オフィサーたちが、それぞれの発表に対して送った眼差しは、共に走り抜けた「家族」のような温かさを帯びていました。
シマバカ室の高橋さんが語っていたように、この3年間は決してスマートな道のりではありませんでした。「人間くさくて、泥くさい」日々の連続でした。 しかし、その泥臭さの中にこそ、真実がありました。 「外部の人」でありながら、「内部の人」以上にその事業の成功を信じ、悩み、伴走する。その絶妙な距離感こそが、地域事業者が孤独な戦いから抜け出し、新たな一歩を踏み出すための原動力となったのです。
2026年2月末をもって、3か年の休眠預金活用事業は一つの区切りを迎えます。 しかし、それは「終わり」ではありません。 「これからが地域事業としての本当のスタート」なのです。 彼らはそれぞれの地域で、自らの足で立ち、歩んでいかなければなりません。
「Trust Me」―信頼の絆が紡ぐ、これからの物語
発表会の最後、全員で記念撮影を行う際の合言葉は「Trust me」でした。 「私を信じて」というその言葉は、事業者から地域への、そしてシマバカ室から事業者への、互いの信頼の証のように響きました。
この3年間で蒔かれた種は、確実に芽吹き始めています。 伝統を守る若者、裏表のない優しさ、震災を乗り越える絆、農業と福祉の連携、若者の再挑戦、そして誰もが咲き誇る場所。 それぞれの「シマバカ」たちが描く未来図は、まだ完成していません。しかし、その輪郭は確かに、力強く、私たちの目の前に現れ始めています。
トラストバンクが目指した「地域事業者のゼブラ化」。それは、単なる経済的な成功でも、自己犠牲的な社会貢献でもない、その両方を高い次元で両立させる、新しい資本主義の形なのかもしれません。 この連載を通して見てきた彼らの挑戦は、日本の地域の未来を照らす、小さくとも消えることのない灯火となるはずです。
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